読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

桃が好き

はてダからの移行をとうとう決行したのだ

今年もよろしくお願いします

新年2日目

 

今年は比較的穏やかな年明けだなぁと感じておりますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか

 

我が家は、例年通り、自宅で新年を迎えた後、実家へ一泊の予定で年始に来て、今日は両親も一緒に初詣に行って来ました

 

昨年は、お子の高校入学でお弁当生活がスタート

今までの家人と自分のお弁当に加えて、JKのお弁当を毎日作るという未知の世界を記録すべくインスタを再開

アカウントだけ放置していたものが一気に投稿数が増えました

同じくTwitterを始めたいというお子に許可はしたものの心配で、それまで放置状態だったのにちょくちょく覗くだけでは飽き足らず、とうとう呟き始めてしまったり、分からないことは逆にお子に教えてもらったり、お子の成長とともに、影響を受けて変化したことの多い年でした

子供が小さい頃は、親が与える一方だったのに、成長ごとに、物にしろ情報にしろ環境にしろ、子供から与えられることが増えて、私自身の世界が変わったり広がったりが嬉しい驚きとなりました

 

11月には久しぶりの東京出張がありました

週末移動で行けたので、しばらく会えずにいた人との再会を数多く果たせました

闘病中の2人の伯母と叔母を見舞ったり、偶然にも時期が重なった新卒入社した職場の同期会に参加してたくさんの同期と再会したり、かつての職場の同僚と退職以来ん十年ぶりに再会したり…どの再会も温かくて幸せで刺激のあるもので、頑張るエネルギーになりました

 

回数は少なくなったもののキャンプに行くこともできたし、お子の体調はまだ不安が残るものの、なんとか無事一年を終えられてひと安心

 

2017年の1年も、焦らずマイペースながら、ひとつひとつ丁寧に生きていけたらなぁと思っています

 

めっきり更新頻度の落ちたこのブログですが、マイペースにぼちぼち継続予定

よろしければ今年もお付き合いいただけたら幸いでございます

 

今年もよろしくお願いします

 

今日のつれづれ

ちょっと放置しすぎで慌てて更新。

このところ ついった とか いんすた とかへの出没頻度が上がってる代わりに、こっちを開く頻度が減っちゃってまして。

ここでしか書けないものってのもあるんだよなぁとも思っているくせに、そもそもPCを開かないことも手伝ってしまって・・・と必死に言い訳してみたり(笑)

そうこうしているうちに12月ですよ!大変!

10月の中旬くらいから新しい部署へ転籍する為に研修が始まって以来、5連勤続きとか合間に東京出張があったりとか、お子は相変わらず体調に波があって、でも自分の仕事のせいでなかなかフォロー出来なかったりとか、そんなことをしている内に実務テストも終了して転籍も完了して、当然新しい業務がスタートして日々緊張するからヘトヘト度合いもMAXとか・・・そして12月です。

なんだかここまで目まぐるしく必死に来ると、例年の12月の気忙しさも、もう大したことないじゃん!って気持ちになってくるから不思議。

大掃除も日にちを決めて始めれば仕事納めの前には終了しそうな気がしてるし、年賀状の版画すらもお茶の子さいさいな気がし始めてるし、私の感覚完全に狂ってますわね。

今日は12月として観測至上初らしい大雪に見舞われまして、そんな中年末の買い出し第1弾に行ってきて、ついでに家人と久々にのんびりカフェに行ったり、昼からガッツリとステーキを食べてみたりしました。

のんびり街をプラプラしたのも久しぶりで楽しかったです・・・が何せ雪が・・・

今も除雪車がひっきりなしに走り回っている音が聞こえています。

ホワイトクリスマスは間違いなし。

そんな雪のせいで、お子の中学時代の友人が今日から短期の海外留学に出発したのに、飛行機が飛ばずに空港で足止めになっていると聞いて、気を揉む夜です。

どうか無事に到着できますように。そして実りの多い体験になりますように。

 

さて、明日は大掃除第1弾。そして、今夜から年賀状の作成を始めます。

・・・やっぱり私、なんだか変。

こんなヤル気みなぎるタイプでは無いはずなのに・・・ちょっとこんな自分が怖い。

 

ってな、どうでもいいことを書き綴って久しぶりの更新は終了するのです。

きっと次は大晦日、もしくはお正月の更新の予感。

 

インフルエンザ流行のニュースも聞こえる今日この頃。

皆さまどうかくれぐれもご自愛下さいましまし。

今日のつれづれ

暖かいのは今日までらしい。

昨日なんて、2〜3日前より最高気温が10度くらい高くて、嬉しいけどシンドい1日だった。

急激に寒くなって、おいおい!もう少し穏やかな秋を楽しませてくれよぉと思っていたらまた晩夏の暖かさだし、丁度良い加減ってのが出来ないのだろうか。

 

昨日は朝から携帯に父から連絡があって、何事かと思えば2ヶ月前に機種変更して初めて持ったiPhoneが恐ろしい音を立てたりして調子が変だと訴えてきた。

携帯ショップにはメーカーの窓口に相談するように言われ、メーカーの窓口は混みあっていて予約してからと少しも話を聞いてくれないのだと言う。

仕方ないよ。そういう仕組みなんだから…。

とは言っても放ってもおけず、家事を済ませたら行くからと伝えて、お昼少し前に行ってきた。

既にもう一度ご近所の携帯ショップに行って、リセットしてもらったら大丈夫のようだと言うので、念のためあれこれ触ってみたけど問題なし。

これも仕方ないけど、何を説明しても今ひとつ理解してもらえてないし、そもそも覚える気もないらしい。

ただ持ってみたかったという理由で反対もよそに機種変したけど、やっぱりね…という感じ。まぁ、それでもその意欲というか好奇心はスゴイなと思うし、iPhoneなら私も少しはサポート出来るだろうからいいかとも思って、他にやらねばならぬ事もあるし帰るねと言ったら、そう言えば…と追加であれやこれやとタブレットやPCのことを矢継ぎ早に質問してくる。セキュリティだの、回線の契約だの、元々どういう設定だったのかと聞くと、??…。いちいち契約書類をわんさか持ってきて、ひっくり返して調べ始めるもんだから時間が掛かって仕方ない。

こっちは土曜日も仕事。月曜からは5連勤。日曜日は家事だの買い出しだの貴重なお休みなんですけど!ととうとうイライラしてきて母に愚痴をこぼしてしまった。

 

適当なところで帰宅すると、家は家で頼んでおいた洗濯物干しがされていなくて、これまたイラッとする。

そのイライラが態度に出たせいで、今度はお子の調子が悪くなっちゃって自己嫌悪。

あ〜あ、折角の日曜日。

私の腹の括れなさのせいで最悪。

 

この所、お子は休み明けの月曜日になると憂鬱が増して学校を休みがちだ。

今日も行くつもりで支度はするものの、遅刻して行く…やっぱり休む…となってしまった。

体調がイマイチだと不安が増して、気持ちも不安定になってしまう。

状態があまり良くないと、私も仕事を休まざるを得なくて、これも仕方ないけどなかなかに厳しい。

まずは体調を整えること。体力や体調に自信が付けば不安も減るはず。

お子任せだと、なかなか出来ないことも多いから一緒に体を動かしたりしなくちゃダメだな。

1歩ずつ1歩ずつ。

 

まずは焼いたアップルパイを食べよう!

再会

昨日、仕事を終えて同僚と連れだってとある食事会が開かれる焼き鳥屋へ向かった。

お店の前には既に参加メンバーである男性が到着していて、私たちが着くのを待っていてくださった。

 

男性は、今年の1月くも膜下出血で急逝した同期のご主人。

お会いするのは葬儀以来。

先日、ご自宅に電話をして、もし良ければ・・・とお誘いしたところ、快諾いただいて、昨日の食事会をセッティングさせていただいた。

 お子の体調不良で長期で仕事を休んでいた私に同期の1人から電話連絡があったのは今年の1月。

「〇〇ちゃんが入院したらしいけれど、職場では詳細を教えてもらえない。でも同期全員胸騒ぎがして状況を知りたいけれど、どうしたらいいだろう」という内容だった。

 

丁度その半年程前の昨年夏、難病指定を受けたお子さんが退院し、看病の為の休職後、職場に復帰した〇〇ちゃんのお疲れ様会を開こうと企画して、まだ多少の不安が残る中だったので、すぐに自宅に戻れる範囲でと彼女の自宅近く=私の実家近くの焼き鳥屋を会場に選んだところ、ご主人も参加してくださった。お子さんの闘病の様子やご夫妻の馴れ初め、普段のご家庭の様子、私たちの職場の様子なんかを話しながら和やかな時間を過ごした。

ご主人とはお店や食べ物の好みが合って、また次回是非ご一緒しましょうとお別れして、その後間もなく私はお子の体調不良で仕事の長期離脱をすることになってしまった。

その間も、彼女は自身の体験から子供の看病にあたっている私を気遣って、時折LINEで連絡をくれていて、私は随分救われていたのだけれど、その彼女が入院をしてしまったらしいという連絡だった。

 

報告を受けて、「ご主人とも面識があるからご自宅に連絡をして差し支えのない範囲で状況を伺ってみるね」と役割を引き受けた時、まだ私は全く覚悟が足りないままで、いざ連絡をしてご主人から詳細を伺った時の衝撃は今でも忘れることができない。

 

その電話以来、毎日必死に祈り続けたけれど、願いは届かず、3日後彼女は天国へ旅立ってしまった。

人生初だった弔辞の大役も、出来ることならもう2度と体験したくない程辛いもので、もちろん今までも親族との別れは何度か体験していたのに、それとは全く別の辛さは、心の準備もできないまま、昨年の夏以来再会が叶わないままのお別れなってしまったからかもしれない。

 

今回、当時はお互いに話せなかった様々なことを改めて話すことが出来た。

現在のご家族の様子や、倒れた当時の彼女のことを伺ったり、逆に私たちだけが知っている彼女のことを伝えることも出来て、時に思い出しては悲しくて涙をしながら、ご主人が持ってきてくださった笑顔の彼女が写る沢山の写真に懐かしく笑いながらの濃密な時間だった。

 

今年受験生のお子さんも塾を終えてから参加してくださった。

吹奏楽部に所属していたお子さんへ奇しくも彼女から最後のプレゼントとなったクラリネットの話もたくさん話して、地区大会金賞の結果にきっと彼女もとても喜んでいるねと乾杯をした。

 

ご主人とはLINEの交換もして、また時折こうしてお酒を飲みましょうねと話してお別れした。

 

帰宅後、残されている彼女のLINEアカウント宛に報告の書き込みをした。

きっと、あの場に一緒にいて笑いながら話を聞いていてくれたと思う。

今も思い出すと涙が出るけれど、少し心の整理ができて前に進めた気がする。

動画職人

中学の卒業記念に部活の友人と簡単な動画をiPhoneで作って以来、動画作りを始めたお子は、その後高校の学校祭の思い出版とか、私の誕生日祝い版とか、事あるごとに動画を作っていたのだけど、この度とうとう動画作成依頼を受けてしまった。

と言ってもクラスメイトから担任の先生の誕生日にサプライズでプレゼントするための動画だけど。

依頼が来たのが一週間くらい前で、素材を集めたり構成を考えたりにはタイトなスケジュール。おまけにこの3連休、我が家はキャンプの予定だったし。

それでも、なんとか今日の誕生日に間に合って、時間にして4分ほどのものだけど、なかなかにクラスメイトからの担任への愛情が伝わる内容で出来上がってるなぁって感じ。

先生にも喜んでもらえたそうで、また一段と動画作成に熱を帯びるかと思いきや、相当疲れたようで、しばらく動画作成はしないんだって。

まぁ、今日から冬季アジア大会のボランティア活動の準備研修会も始まったり、他にも忙し要素が溢れてるし、そりゃそうだよね。

でも、結構才能あると思うんだけど、親バカですかね。

チーム9月10日復活

今日9月10日はお子と私の父の誕生日です。

実家で食事会をしてお祝いしました。

 

昨年はベッドの上で誕生日を迎えたお子。

当然父のお祝いをする余裕もなくいたので、今年こうして笑顔でこの日を迎えられたことが実家の両親も本当に嬉しかったようで、父は終始饒舌でした。

 

日中、部活の支部会があったお子は、終わり次第実家に駆けつけたのですが、父へ小さなブーケを用意していて、そのことにも両親は大喜びしていて、楽しい1日になったようです。

 

帰宅後にお子が私と家人にちょっと手伝ってと声をかけてきたので何事かと思えば、昨年の誕生日にベッドの上で撮った家族3人の写真の再現版を撮ると言い出しびっくり。

撮影した写真には昨年のそれとは明らかに違う成長したお子が写っていて、見ていてついつい泣いてしまいました。

 

また1年後、家族揃って楽しい誕生日が迎えられますように。

この1年がお子と父にとってキラキラの1年になりますように。

 

誕生日おめでとう。

あれから1年

もう20年以上日記を付けているのだけれど、このところは5年日記にしているせいで

ここ数年の同日の様子を見事に思い出すことができて、昨日は昨年の同日、お子が動けなくなったことの記録を読んでしまった。

まぁ、読む前からお子も私も全ては昨年のあの日から始まったのだと覚えているし、忘れるわけもないのだけど。

テスト期間中のお子は、昨日も普通に朝の支度をしていて、そんな姿を見るだけでも、よくもここまで元気になったものだとついついウルッとしてしまって、思わずギュッと抱きついちゃったりしたら、ニヤッと笑いながら「1年だから?」とか言われちゃった。バレバレ。

そして二人で「今はヤバイ。泣いちゃうからヤバイ」と笑って終了。

でも、やっぱり語らずにはいられなくて、帰宅後家人が帰宅するまでの間、改めて話しながら二人で泣いてしまった。

 

正直、まだ完全に元通りとは言えなくて、主治医からは元通りはありえないとも言われていて、でもあの日をキッカケにお子は生まれ変わって・・・家人曰く、脱皮して(笑)、優しく強く柔らかい別の子になったと思っている。

 

当初はなぜこの時期なのだろうと辛く苦しい時間を過ごしていたけれど、側にいてあげられる時期でよかった。大人になって、一人でいる時だったらと思うとゾッとする。

 

これからも手探りの日々は続くかもしれないけれど、少しでも肩の力を抜いて笑って過ごせる日が多くなるように頑張るぞ!